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社宅の退去費用は誰が負担する?原状回復の原則と従業員への請求・社宅規程の定め方

公開日:2026年10月27日  / 最終更新:2026年10月28日  / 執筆:株式会社ネクストプレナーズ(社宅制度コンサルティング実績300社超)

要約:社宅の退去費用は、経年変化や通常の使用による傷みは貸す側、従業員の故意・過失などによる損傷は従業員、というのが原状回復の基本的な考え方です。借上社宅では、家主と会社、会社と従業員の2つの関係で線引きが必要になります。民法第621条と国土交通省のガイドラインをもとに、請求の手順と社宅規程の定め方を整理します。

社員が転勤や退職で社宅を退去するとき、壁紙の汚れ、床のキズ、クリーニング代といった「退去費用」を誰が負担するのかで迷う人事・総務の担当者は少なくありません。家主から請求書が会社に届いたとき、その場の判断で従業員に求めたり会社が持ったりすると、人によって扱いが変わり、不公平感やトラブルのもとになります。

この記事では、「社宅の退去費用は誰が負担するのか」という疑問に、民法第621条と国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」をもとに答えます。そのうえで、従業員の故意・過失による損傷を請求するときの手順と、社宅規程に定めておきたい内容を整理します。

この記事のポイント

原状回復は、借りたときの状態に完全に戻すことではありません。経年変化や通常の使用による傷みは原則として借りた側が負担せず、借りた側の故意・過失や通常でない使い方による損傷は借りた側が負担する、という線引きが基本です。

借上社宅では、まず家主との関係で会社が原状回復を負い、そのうえで従業員の責任分を社宅規程にもとづいて従業員に求める流れになります。規程に負担区分と請求の手順を書いておくことが、トラブルを防ぐ近道です。

社宅の退去費用は誰が負担するのか

社宅の退去費用は、経年変化や通常の使用による傷み(通常損耗)の修繕費は貸す側が負担し、従業員の故意・過失や通常でない使い方で生じた損傷の修繕費は従業員が負担する、というのが原状回復の基本的な考え方です。

ただし、これは契約や規程で別の定めがない場合の原則です。借上社宅では、会社が家主に対して負う負担と、従業員に求める負担の2つがあるため、それぞれの関係で線引きを整理しておく必要があります。

原状回復とは何か。民法とガイドラインの考え方

原状回復とは、賃貸借が終わるときに、借りた人が、借りた後に生じた損傷を元の状態に戻すことです。入居した日の状態にまっさらに戻すという意味ではありません。

民法第621条が定める原状回復義務

民法第621条は、賃借人が賃借物を受け取った後に生じた損傷がある場合に、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負うと定めています。ただし、この「損傷」からは、通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗と、賃借物の経年変化が除かれています。また、その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、義務を負いません。

なお、会社が従業員に社宅を無償に近い形で貸している場合など、使用関係が使用貸借と整理されるときは、民法第599条第3項が、借主は使用貸借の終了時に、借用物に生じた損傷を原状に復する義務を負うと定めています(借主の責めに帰することができない事由によるものは除く)。社宅の使用関係が賃貸借と使用貸借のどちらにあたるかは、退職したら社宅はいつまでに出る?明渡し期限の決め方と社宅規程の定め方でも触れているとおり、契約の趣旨によって個別に判断されます。

国土交通省ガイドラインの位置づけ

国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」は、民間賃貸住宅の退去時の原状回復をめぐるトラブルを未然に防ぐため、賃貸人・賃借人があらかじめ理解しておくべき一般的なルールを示したものです。平成23年8月の再改訂版では、掲載する裁判例が42事例になったと、国土交通省の報道発表で説明されています。

このガイドラインのQ&Aは、判例・学説の多数が、賃借人の原状回復義務を、契約で定められた使用方法に従い、かつ社会通念上通常の使用方法で使っていた状態であれば、使い始めの状態より悪くなっていてもそのまま返せばよいと考えている、と説明しています。そのうえで、損傷の種類ごとの負担の考え方を、次のように整理できます。

損耗・損傷の種類 負担の考え方 ガイドラインのQ&Aにある例
経年変化・通常の使用による損耗 特約が有効な場合を除き、借りた側は負担しない 襖や障子、畳表の損耗が経年変化や通常使用によるものだけであれば、借りた側の負担で張り替える必要はない
借りた側の故意・不注意、通常でない使用方法による損傷 借りた側が損害を賠償する 不注意で、壁のクロスに張替えが必要なほどのキズをつけた場合
善管注意義務に違反した場合の損傷 借りた側が損害を賠償する 通常の掃除を怠ったために特別な清掃でなければ除去できないカビが生じた場合、飲み物をこぼしたまま、あるいは結露を放置してシミが生じた場合

善管注意義務とは、借りた人として社会通念上求められる程度の注意を払って、借りたものを使う義務のことです。ガイドラインのQ&Aは、設備が壊れて修繕が必要になったときに、貸主に知らせなかったために被害が広がった場合にも、損害賠償を求められる可能性があるとしています。

経過年数と原状回復費用の範囲

従業員の責任による損傷でも、修繕費の全額を負担するとは限りません。ガイドラインのQ&Aは、借りた側が負担する原状回復費用は、経過年数と通常損耗を考慮した状態にすることが前提で、グレードアップの費用まで負担する必要はないとしています。

また、壁のクロスの一部にキズをつけた場合は、各部位の経過年数を考慮したうえで、最低限可能な施工単位で修理するのが妥当とされ、毀損させた箇所を含む一面分の張替えまではやむを得ない場合がある、と説明されています。部屋全体のクロスを張り替える費用を、当然に負担する必要があるわけではありません。

経過年数による価値の減り方については、国土交通省の報道発表によると、ガイドラインは「減価償却資産の耐用年数等に関する省令」を参考にしています。再改訂版では、税制改正にあわせて、耐用年数を過ぎたときの残存価値の割合を10パーセントから1円に改めました。

借上社宅では誰が誰に退去費用を払うのか

借上社宅とは、会社が家主から借りた住宅を、従業員に貸す仕組みのことです。退去費用は、会社と家主、会社と従業員という2つの関係で発生するため、分けて考える必要があります。

会社と家主の関係

家主との賃貸借契約の当事者は会社です。そのため、民法第621条の原状回復義務を負うのは会社で、家主から原状回復費用の請求書が届くのも会社になります。

敷金を預けている場合、民法第622条の2第1項は、賃貸借が終了し、賃貸物の返還を受けたときに、賃貸人は、受け取った敷金の額から、賃借人の債務の額を差し引いた残額を返還しなければならないと定めています。ガイドラインのQ&Aも、敷金の返還請求は、特別な定めがなければ明渡しの後にできるとしたうえで、賃貸人には敷金から差し引く原状回復費用について説明義務があり、賃借人は明細を請求して説明を求められるとしています。

会社と従業員の関係

従業員との関係は、社宅規程や貸与通知書で決まります。従業員の責めに帰すべき損傷があれば、その分は規程にもとづいて従業員に求めることになります。

請求の期限にも注意が必要です。民法第600条は、契約の本旨に反する使用又は収益によって生じた損害の賠償は、貸主が返還を受けた時から1年以内に請求しなければならないと定めています。この規定は、民法第622条により、賃貸借にも準用されます。従業員に請求する場合は、社宅の返還を受けた時から1年以内を目安に、早めに手続きを進めてください。

関係 当事者 根拠 負担の考え方
家主との関係 会社と家主 賃貸借契約・民法第621条 通常損耗・経年変化を除く損傷を、会社が原状に復する。敷金は債務額を差し引いて返還される
従業員との関係 会社と従業員 社宅規程・貸与通知書、民法第621条または第599条第3項 従業員の責めに帰すべき損傷の分を、規程にもとづいて従業員に求める

ガイドラインは民間賃貸住宅の貸主と借主を想定したものなので、会社と従業員の関係にそのまま当てはまるとは限りません。ただ、損傷の負担を考えるときの目安としては、実務で参考になります。

退去費用の負担を決める5つのステップ

退去費用を公平に決めるには、次の5つのステップで進めると整理しやすくなります。

ステップ1:入居時に部屋の状態を記録する

ガイドラインのQ&Aは、入居時と退去時の双方で立会いをして部屋の状況を確認し、チェックリストを作ったり写真を撮ったりしておくことが、トラブルを避けるのに大変有効だとしています。入居時の記録がないと、損傷が入居前からあったのか、入居中に生じたのかが分からなくなります。

ステップ2:退去時に立会いで損傷を確認する

退去時には、会社の担当者と従業員が立ち会い、損傷の有無と範囲を確認します。ガイドラインのQ&Aは、立会いで損傷の確認サインをしたあとに請求書を受け取った事例を取り上げ、単に損傷があることの確認であれば、費用負担を了承したものではないと考えられるとしています。確認の書面には、損傷の確認と負担の了承を分けて書いておくと、あとで食い違いが起きにくくなります。

ステップ3:家主や管理会社から見積・明細を受け取る

家主や管理会社から、原状回復費用の見積と明細を受け取ります。ガイドラインのQ&Aは、原状回復の費用は使う資材のグレードや施工方法で物件ごとに異なるとしたうえで、疑問があれば内訳を確認してみることも考えられるとしています。

ステップ4:損傷ごとに負担者を仕分ける

明細の項目ごとに、通常損耗・経年変化にあたるもの(会社の負担)と、従業員の故意・過失や善管注意義務違反によるもの(従業員に求める分)を仕分けます。従業員に求める分は、経過年数を考慮して、グレードアップの費用を含めないようにします。

ステップ5:明細を添えて従業員に通知し、精算する

従業員に求める金額は、損傷の内容、仕分けの理由、金額の計算を明細にして伝えます。給与から控除して精算する場合は、後述する労使協定が必要です。請求は、社宅の返還を受けた時から1年以内の期限を意識して、早めに行います。

従業員に請求するときの注意点

通常損耗まで従業員負担にする定めはどこまで有効か

経年変化や通常の使用による損耗は、特約がなければ借りた側の負担にはなりません。社宅規程で、これらまで従業員の負担とする定めを置く場合は、特約にあたります。

ガイドラインのQ&Aは、原状回復に関して借りた側に不利な特約が有効になるには、次の3つの要件を満たす必要があると解されるとしています。

クリーニング費用の定めについても、Q&Aは、借りた側が負担する内容と範囲が示されているか、通常損耗分も負担させる趣旨と範囲が明記されているか、または口頭で説明されているか、費用として妥当か、といった点から有効・無効が判断されるとしています。専門業者による清掃費用として2万5000円(消費税別)を負担する特約を有効とした東京地方裁判所の判決(平成21年9月18日)と、ルームクリーニング費用を借りた側が負担するという定めでは通常損耗まで負担させる特約とは言えないとした判決(平成21年1月16日)が紹介されています。

これらは民間賃貸住宅の事例であり、社宅の貸与にそのまま当てはまるとは限りません。規程を作るときの目安として参考にしてください。

定額の負担金を設けるときの注意

退去時に一律の金額を負担させる定めは、損害賠償額の予定にあたります。民法第420条は、当事者は債務の不履行について損害賠償の額を予定することができると定めています。ただし、ガイドラインのQ&Aは、民法第90条や消費者契約法第9条第1号により無効となる場合もあり、実損額によっては予定した額どおりに請求できない場合もあるとしています。

また、労働基準法第16条は、使用者は労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならないと定めています。社宅の損傷に関する定めがこの規定に当たるかは事案によって判断が分かれるため、定額の負担金を設ける場合は、社会保険労務士や弁護士に確認してください。

給与から退去費用を控除するときの注意

労働基準法第24条第1項は、賃金は通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならないと定めています。賃金の一部を控除して支払えるのは、法令に別段の定めがある場合や、労働者の過半数で組織する労働組合(ない場合は過半数を代表する者)との書面による協定がある場合です。

退去費用を給与から差し引いて精算したい場合は、控除の対象に含めた労使協定があるかを確認してください。損害賠償金を賃金から控除できるかどうかは、協定の内容や個別の事情で判断が分かれるため、社会保険労務士に確認することをおすすめします。退職者の最終給与からの控除は、退職時の明渡しに関する記事で整理しています。

税務上の扱いは税理士に確認する

国税庁のタックスアンサーNo.2597は、使用人に社宅や寮を貸したときに、使用人から受け取る家賃が賃貸料相当額の50パーセント以上であれば給与として課税されないことなどを説明するページです。このページに、退去時の原状回復費用の負担についての記載はありません。

会社が従業員の責任分を肩代わりする場合や、費用を軽減する場合の税務上の扱いは、このページだけでは判断できません。実際に取り扱う前に、税理士に確認してください。

退去費用でよくあるトラブルと対応

転勤に伴う社宅の手配や退去で起きやすいトラブルは、転勤者の社宅手配でよくあるトラブルと対策でも整理しています。

社宅規程に入れておきたい退去費用の条項

退去費用をめぐるトラブルを減らすには、次の項目を社宅規程に入れておくと、運用が安定します。

規程そのものの作り方や、就業規則との関係、労働基準監督署への届出については、社宅規程の作り方。就業規則改定・労基署届出までの実務手順で整理しています。敷金・礼金などの初期費用の考え方は、借上社宅の初期費用は誰が負担する?敷金・礼金・仲介手数料・更新料の会社負担と税務・経理の考え方をご覧ください。

ネクストプレナーズの見解

退去費用のトラブルは、金額そのものよりも、「何をもって従業員負担とするのか」を入居時に伝えていなかったことから生じやすいと考えます。ガイドラインの考え方は民間賃貸住宅向けですが、通常損耗と故意・過失の線引き、経過年数の考慮、明細の提示という手順は、社宅でも公平な運用の土台になります。

通常損耗まで従業員に負担させたい場合は、特約にあたるため、範囲と金額を規程に明記し、入居時に説明して同意を得ておくことをおすすめします。一律の定額負担は、無効となるおそれや労働基準法との関係があるため、設ける前に専門家へ確認してください。

社宅の退去費用の運用を整えるチェックリスト

まとめ

社宅の退去費用は、通常の使用や経年変化による傷みは貸す側の負担、従業員の故意・過失や善管注意義務違反による損傷は従業員の負担、という原状回復の考え方で線引きします。借上社宅では、会社と家主、会社と従業員の2つの関係に分けて整理することが大切です。

従業員に請求するときは、経過年数を考慮した明細を示し、給与から控除する場合は労使協定を整え、返還を受けた時から1年以内の請求期限を意識して進めてください。負担区分と請求の手順を社宅規程に書き、入居時に説明しておくことが、トラブルを防ぐ最も実務的な備えになります。

ご利用にあたっての注意

この記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の事案に対する法的・税務上の助言ではありません。社宅の使用関係が賃貸借か使用貸借か、特約や規程が有効かどうかは、契約の内容や運用の実態によって個別に判断されます。法令やガイドラインは変わることがあります。実際に費用を請求する場合や規程を見直す場合は、弁護士・社会保険労務士・税理士などの専門家にご相談ください。

監修

監修:仙頭 武宏(株式会社ネクストプレナーズ 代表取締役社長)

東京工業大学(現・東京科学大学)工学部制御システム工学科卒業。日本オラクル株式会社でエンジニア、コンサルタントを経て経営企画室マネージャを務める。一橋大学大学院商学研究科(現・一橋ビジネススクール)経営学修士(MBA)修了。独立コンサルタントを経て、2012年より株式会社ネクストプレナーズ代表取締役社長。

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出典

よくあるご質問

経年変化や通常の使用による傷みは貸す側(会社)が負担し、従業員の故意・過失や通常でない使い方による損傷は従業員が負担するのが、原状回復の基本的な考え方です。民法第621条は、通常損耗と経年変化を除く損傷について、借りた側が原状に復する義務を負うと定めています。社宅規程に別の定めがある場合は、その内容も確認してください。
規程や特約で、負担する内容と範囲、金額を明確に定め、従業員がそれを理解して同意していれば、有効と判断される余地があります。国土交通省のガイドラインのQ&Aは、負担の内容と範囲が示されているか、通常損耗分を負担させる趣旨と範囲が明記または説明されているか、費用として妥当かといった点から有効・無効が判断されるとしています。
部屋全体の費用を当然に請求できるわけではありません。ガイドラインのQ&Aは、各部位の経過年数を考慮したうえで、最低限可能な施工単位で修理するのが妥当とし、毀損した箇所を含む一面分の張替えまではやむを得ない場合があるとしています。グレードアップの費用を従業員が負担する必要もありません。
契約の本旨に反する使用によって生じた損害の賠償は、貸主が返還を受けた時から1年以内に請求しなければならないと、民法第600条が定めています(賃貸借には第622条により準用)。社宅の返還を受けた時から1年以内を目安に、早めに請求の手続きを進めてください。個別の数え方は弁護士に確認してください。
労働基準法第24条により、賃金は全額を支払うのが原則で、控除するには労働者の過半数代表者などとの書面による協定が必要です。損害賠償金を賃金から控除できるかどうかは、協定の内容や個別の事情で判断が分かれるため、社会保険労務士に確認することをおすすめします。
国税庁のタックスアンサーNo.2597には、退去時の原状回復費用の負担についての記載はなく、このページだけでは判断できません。会社が従業員の責任分を肩代わりする場合や、費用を軽減する場合は、事前に税理士に確認してください。

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