退職したら社宅はいつまでに出る?明渡し期限の決め方と社宅規程の定め方
要約:退職した社員が社宅に住み続けてしまい、明渡しの期限で困る場面は少なくありません。法律に一律の期限はなく、社宅の使用関係の性質と社宅規程の定めで決まります。賃貸借と使用貸借の違い、借地借家法の考え方、猶予期間の決め方、期限を過ぎたときの対応を、人事・総務担当者向けに整理します。
社員が退職したあとも社宅に住み続けてしまい、明渡しの期限をどうするかで困る場面は、人事・総務の担当者なら一度は経験しやすい悩みです。会社としては早く返してほしい一方、退職者にも住み替えの準備が必要で、双方の言い分がぶつかりやすくなります。
この記事では、「退職した社員は社宅をいつまでに出るのか」という疑問に、民法・借地借家法の条文と、社宅の使用関係を扱った最高裁判例の要旨をもとに答えます。そのうえで、社宅規程に明渡しの期限と猶予期間をどう定めるかを、手順に分けて整理します。
法律に「退職後〇日以内に社宅を出なければならない」という一律の期限はありません。期限は、社宅の使用関係が賃貸借なのか、無償に近い福利厚生としての貸与なのかという契約の性質と、社宅規程に何と書いてあるかで決まります。
トラブルを避けるには、入居時に退職時の明渡し期限と猶予期間を書面で伝え、期限を過ぎたときの対応も規程に定めておくことが大切です。
退職した社員は社宅をいつまでに出るのか
退職した社員が社宅を出る時期は、法律で一律に決まっているわけではなく、会社と従業員との間の契約(社宅規程や貸与通知書など)の内容と、その契約の性質によって決まります。
実務では、「退職日まで」「退職日の翌月末まで」のように、規程で期限を定める例があります。ただし、期限を決めてあれば、そのとおりに効力が認められるとは限りません。社宅の使用関係が借地借家法の適用を受ける賃貸借とみなされると、会社が一方的に明渡しを求められる範囲が狭くなるためです。
そこで、まず「自社の社宅は、法律上どういう関係で貸しているのか」を確認することが出発点になります。
社宅の使用関係とは何か。賃貸借と使用貸借の違い
社宅の使用関係の意味
社宅の使用関係とは、会社が従業員に社宅を使わせるときに、会社と従業員の間に成り立つ契約上の関係のことです。
民法には、住宅を使わせる契約として、主に賃貸借と使用貸借の2つが用意されています。社宅がどちらにあたるのかで、明渡しを求める手順が変わります。
賃貸借と使用貸借の条文上の違い
民法第601条は、賃貸借を、物の使用と収益を相手方にさせ、相手方がその賃料を支払うことを約する契約と定めています。一方、民法第593条は、使用貸借を、物を無償で使用し、契約が終了したときに返還することを約する契約と定めています。
| 項目 | 賃貸借 | 使用貸借 |
|---|---|---|
| 対価 | 賃料を支払う(民法第601条) | 無償(民法第593条) |
| 借地借家法 | 建物の賃貸借について定めた規定が適用される | 建物の賃貸借の規定が、そのままの形では適用されない |
| 終了のしかた | 貸主からの解約申入れは、申入れから6か月を経過して終了し、正当の事由が必要(借地借家法第27条・第28条) | 期間の定め、使用の目的、貸主からの解除などで終了する(民法第597条・第598条) |
借地借家法の第3章は、「建物の賃貸借」を対象とする条文です。使用貸借は賃貸借ではないため、同じ形では適用されない、と整理できます。
社宅は賃貸借か。最高裁判例の見方
従業員から社宅使用料を受け取っている場合でも、直ちに通常の賃貸借になるわけではありません。社宅の使用関係を扱った最高裁判例の要旨は、次のように整理されています(不動産適正取引推進機構の判例一覧による)。
- 昭和29年11月16日:有料社宅の使用関係が賃貸借かどうかは、各場合における契約の趣旨によって決まる
- 昭和39年3月10日:従業員の福利厚生施設として、低廉な使用料で従業員に限り使用させている社宅の使用には、(当時の)借家法の適用はない
- 昭和44年4月15日:鉱員であることを使用関係存続の前提とする社宅は、特殊な契約関係であり、借家法の適用はない
- 昭和35年5月19日:雇用期間内に限り家屋を賃貸する約定は、借家法第6条の「賃借人に不利なもの」ではない
当時の借家法は、現在の借地借家法の前身にあたる法律です。これらの判例は、社宅の使用料の水準、従業員にだけ使わせているか、雇用の継続を前提としているかといった事情を見て、個別に判断していることを示しています。
注意したいのは、判例の結論が、すべての社宅にそのまま当てはまるわけではない点です。使用料の水準が一般の賃料に近い社宅や、退職後の取扱いが書面で明確でない社宅は、個別の判断になります。実際に争いになりそうな場合は、弁護士に相談してください。
借上社宅では会社と家主の契約が別にある
会社が家主から借りて従業員に貸す借上社宅では、会社と従業員の関係のほかに、会社と家主との賃貸借契約があります。従業員に退去してもらっても、家主との契約が続いていれば、会社は家賃を払い続けることになります。
退職者の明渡し期限を決めるときは、家主との契約の解約予告期間も合わせて確認しておくと、空室期間の家賃負担を見通せます。解約予告期間は契約ごとに異なるため、契約書で確認してください。
借地借家法が適用されると何が変わるのか
社宅が通常の建物賃貸借として借地借家法の適用を受ける場合、会社が退職を理由に一方的に明渡しを求めることは、難しくなる可能性があります。
- 解約の申入れ:建物の賃貸人が解約を申し入れた場合、賃貸借は申入れの日から6か月を経過することによって終了する(第27条第1項)
- 正当の事由:賃貸人による更新しない旨の通知や解約の申入れは、双方が建物を必要とする事情などを考慮して、正当の事由があると認められる場合でなければできない(第28条)
- 特約の制限:この節の規定に反する特約で、賃借人に不利なものは無効とされる(第30条)
つまり、「退職したら翌日に出ていく」という規程の定めが、賃貸借と判断される社宅では、そのまま通らない可能性があります。逆に、低廉な使用料で従業員に限って使わせる福利厚生の社宅であれば、退職とともに使用が終わる前提で運用できる余地があります。
なお、期間の定めがある建物の賃貸借で更新がないことを定める場合は、公正証書などの書面による契約が必要です(第38条第1項)。社宅でこの定期建物賃貸借の形を使う場合は、手続きの要件を専門家と確認してください。
退職の事由によって明渡しの扱いはどう変わるか
退職の事由によって、猶予期間に対する会社の配慮や、トラブルのなりやすさは変わります。規程を作るときは、事由ごとの扱いをあらかじめ整理しておくと、判断がぶれません。
| 退職の事由 | 規程を決めるときの視点 |
|---|---|
| 自己都合退職 | 退職日がある程度前もって分かるため、退職日までに明け渡す、または短い猶予期間を設ける例が考えられる |
| 定年退職 | 退職日が事前に分かり、住み替えの準備もしやすいため、期限を明確に伝えておく |
| 会社都合・解雇など | 退職の有効性などで争いが生じることがあるため、期限の定めを機械的に適用せず、弁護士に確認する |
| 死亡 | 使用貸借は借主の死亡によって終了する(民法第597条第3項)。賃貸借にあたる場合は扱いが異なるため、専門家に確認する |
明渡しの期限と猶予期間はどう決めるのか
明渡しの期限と猶予期間は、次の5つのステップで決めると整理しやすくなります。法律に決まった日数はないため、会社の事情に合わせて設計します。
ステップ1:社宅の使用関係を決めて明記する
使用料の水準、従業員にだけ貸す福利厚生であること、雇用の継続を前提とすることを、社宅規程と貸与通知書に書きます。判例が契約の趣旨を重視していることから、規程に目的を書いておくことが、後の判断材料になります。
ステップ2:家主との契約を確認する(借上社宅の場合)
借上社宅は、家主との契約の解約予告期間や、日割りの扱い、原状回復の条件を確認します。猶予期間を決める前に、会社が負担する家賃の期間を把握しておきます。
ステップ3:猶予期間を設定する
猶予期間は、住み替えの準備に必要な期間と、会社が負担する家賃や空室の期間とのバランスで決めます。たとえば「退職日まで」「退職日の翌月末まで」といった定め方があります。これはあくまで設計の例で、一般的な水準として示したものではありません。
猶予期間を長くするほど従業員の負担は減りますが、会社が家賃を負担する期間は長くなります。定年退職と自己都合退職で期間を変える、延長を申請できる仕組みを置くなど、事由別の設計も考えられます。
ステップ4:猶予期間中の使用料を決める
猶予期間中の使用料は、在職中と同じ額にするのか、日割りで精算するのか、別の額にするのかを決めます。在職中より低い額や無償にする場合は、給与課税の問題が生じないか、税理士に確認しておくと安心です。
ステップ5:期限を過ぎたときの対応を定める
期限を過ぎても退去しない場合の連絡の手順、延滞した期間の使用料の考え方、鍵の返却と退去の立会いを、規程に書いておきます。対応を事前に決めておくと、担当者の判断で対応が変わることを防げます。
退職後の使用料と最終給与の精算はどう扱うか
最終給与から社宅使用料を控除するときの注意
労働基準法第24条第1項は、賃金は通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならないと定めています。賃金の一部を控除して支払えるのは、法令に別段の定めがある場合や、労働者の過半数で組織する労働組合(無い場合は労働者の過半数を代表する者)との書面による協定がある場合です。
また、同法第23条は、労働者の退職の場合に、権利者の請求があったときは、7日以内に賃金を支払い、労働者の権利に属する金品を返還しなければならないと定めています。賃金に関して争いがある場合は、使用者は異議のない部分を、この期間中に支払わなければなりません。
最終給与から未払いの社宅使用料などを差し引く場合は、控除について労使協定が整っているかを確認してください。退職金から相殺できるかどうかは、個別の事情で判断が分かれるため、社会保険労務士や弁護士に確認することをおすすめします。
退職後に住み続ける人の使用料と課税
国税庁のタックスアンサーNo.2597は、使用人に社宅や寮を貸したときの取扱いを説明するページで、使用人から受け取る家賃が賃貸料相当額の50パーセント以上であれば、給与として課税されないとしています。このページに、退職後も住み続ける人の取扱いについての記載はありません。
そのため、猶予期間として退職後も在職中の使用料のまま貸す場合や、無償で貸す場合の税務上の扱いは、このページだけでは判断できません。猶予期間を設けるときは、税務上の扱いを事前に税理士に確認しておくと安心です。
退職者が明渡しに応じないときの対応の流れ
期限を過ぎても退職者が退去しないときは、次の順に進めるのが基本です。
ステップ1:事情を聞き、話し合いで解決する
次の住まいが見つからない、家族の事情がある、といった理由があれば、その事情を聞きます。期限の延長や、日割りでの使用料の支払いを条件にした合意など、会社が受け入れられる範囲で、解決策を探ります。
ステップ2:書面で期限と条件を伝え、記録を残す
話し合いで決まった内容は、書面で残します。期限、延長した場合の使用料、鍵の返却方法などを、お互いが確認できる形にしておきます。
ステップ3:専門家に相談し、裁判所の手続きを検討する
話し合いで解決しない場合は、弁護士に相談したうえで、裁判所の手続きを検討します。裁判所のウェブサイトによると、不動産引渡(明渡)執行とは、判決などの債務名義に基づいて、債務者の不動産に対する占有を解いて、債権者にその占有を取得させる手続です。債務名義の例として、判決、和解調書、民事調停調書が挙げられています。
会社が鍵を勝手に交換したり、荷物を運び出したりといった方法は、トラブルを大きくしやすいため、避けるのが望ましいと考えられます。社宅の明渡しは、規程にもとづく話し合いと、法的な手続きの順に進めてください。
社宅規程に入れておきたい退職時の条項
退職時の明渡しについては、次の項目を社宅規程に入れておくと、運用が安定します。
- 貸与の終了事由:退職、休職、異動など、貸与が終わる場合を書く
- 明渡しの期限:退職日までか、猶予期間を設けるか、事由別に変えるかを書く
- 猶予期間中の使用料:在職中と同じ額か、日割りか、別の額かを書く
- 延長の申請:やむを得ない事情がある場合の申請方法と、会社の判断を書く
- 退去の手続き:鍵の返却、立会い、原状回復の範囲を書く
- 期限を過ぎた場合の対応:連絡の手順や、使用料の取扱いを書く
- 最終給与からの控除:未払いの使用料を控除する場合の定めと、労使協定を整える
規程の作り方や、就業規則との関係、労働基準監督署への届出については、社宅規程の作り方。就業規則改定・労基署届出までの実務手順で整理しています。転勤に伴う社宅の手配で起きやすいトラブルは、転勤者の社宅手配でよくあるトラブルと対策をご覧ください。
ネクストプレナーズの見解
退職時の明渡しのトラブルは、期限そのものよりも、入居時に退職時の取扱いを伝えていなかったことから生じやすいと考えます。使用関係が賃貸借に近いと判断されるかどうかは個別の事情によるため、会社としては、「福利厚生として貸していること」「退職時は規程の期限までに明け渡すこと」を書面で明確にしておくことが、最も実務的な備えになります。
猶予期間を長く取りすぎると家賃負担が膨らみ、短く設定しすぎると退職者との関係が悪化するおそれがあります。期限は、住み替えに必要な期間と会社の負担を見比べて、事由別に決めておくことをおすすめします。争いが予想される場合は、早めに弁護士へ相談してください。
退職時の明渡しルールを整えるチェックリスト
- 社宅規程に、貸与の目的(福利厚生であること)と、退職時に貸与が終わることが書かれている
- 入居時の貸与通知書や誓約書で、退職時の明渡し期限を本人に伝えている
- 退職の事由(自己都合・定年・会社都合など)ごとに、猶予期間を決めている
- 猶予期間中の使用料の額と精算方法を決めている
- 借上社宅の場合、家主との契約の解約予告期間を確認している
- 最終給与から使用料を控除するための労使協定が整っている
- 期限を過ぎたときの連絡の手順と、相談する専門家を決めている
- 退去時の鍵の返却と立会いの手順を決めている
まとめ
退職した社員が社宅をいつまでに出るかは、法律で一律に決まっているわけではなく、社宅の使用関係の性質と、社宅規程の定めによって決まります。社宅の使用関係が賃貸借と判断される場合は、借地借家法により、会社からの明渡しの求めが制限される可能性があります。
トラブルを防ぐには、入居時に目的と退職時の取扱いを書面で伝え、期限と猶予期間、期限を過ぎたときの対応を規程に定めておくことが大切です。最終給与からの控除や、退職後の使用料の税務上の扱いは、社会保険労務士や税理士に確認しながら進めてください。
この記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の事案に対する法的な助言ではありません。社宅の使用関係が賃貸借にあたるかどうかは、使用料の水準、契約の内容、運用の実態などによって個別に判断されます。法令や判例の解釈は変わることがあります。実際に明渡しをめぐる争いが生じた場合や、規程を見直す場合は、弁護士・社会保険労務士・税理士などの専門家にご相談ください。
監修
監修:仙頭 武宏(株式会社ネクストプレナーズ 代表取締役社長)
東京工業大学(現・東京科学大学)工学部制御システム工学科卒業。日本オラクル株式会社でエンジニア、コンサルタントを経て経営企画室マネージャを務める。一橋大学大学院商学研究科(現・一橋ビジネススクール)経営学修士(MBA)修了。独立コンサルタントを経て、2012年より株式会社ネクストプレナーズ代表取締役社長。