社宅規程の作り方|就業規則の改定から労基署への届出までの実務手順
要約:初めて社宅規程を作る人事担当者に向けて、規程に盛り込む項目と、就業規則の改定から労働基準監督署への届出・周知までの流れを整理します。労働基準法・労働契約法の条文と、国税庁・厚生労働省の資料にもとづき、意見聴取、意見書、賃金控除の労使協定、不利益変更の注意点まで解説します。
社宅制度を新しく導入する、あるいは運用を見直すときに、最初につまずきやすいのが「社宅規程をどう作り、就業規則とどう結びつけ、労働基準監督署(労基署)への届出をどう進めるか」という実務です。税務の計算式は調べればすぐ見つかる一方で、労働法上の手続きは情報が分散しており、初めて担当する人事・総務担当者は全体の流れをつかみにくいものです。
この記事では、初めて社宅規程を作成する人事担当者に向けて、規程に盛り込む項目、就業規則の改定手順、意見聴取から届出・周知までの流れを、労働基準法などの条文と公的機関の資料にもとづいて整理します。
常時10人以上の労働者を使用する事業場では、就業規則を作成して労基署に届け出る義務があり、変更したときも同様です。社宅の定めを就業規則に加える、または別規程として整えるときは、過半数代表者などの意見聴取、意見書の添付、届出、従業員への周知までを一連の手続きとして進めます。
社宅使用料の税務上の扱いは、国税庁の定める賃貸料相当額の考え方を踏まえて規程に落とし込みます。
社宅規程とは何か。就業規則との関係を整理する
社宅規程の役割
社宅規程は、会社が従業員に住居を貸与する際の条件を定めた社内ルールです。誰が対象か、どのような住居を貸与するか、自己負担額(社宅使用料)をいくらにするか、入居・退去の手続きをどうするか、といった事項を明文化します。
規程がないまま運用すると、担当者ごとに判断が分かれたり、退去時や転勤時にトラブルになったりしやすくなります。また、従業員から見ると「なぜ自分は対象外なのか」「負担額はどう決まるのか」が分からず、不公平感の原因にもなります。規程は、会社と従業員の双方にとって判断の拠り所になります。
就業規則本体に書くか、別規程にするか
社宅に関する定めは、就業規則の本体に条文として加える方法と、「社宅管理規程」のように別の規程として作成する方法があります。社宅の運用ルールは細かい項目が多く、手当の金額や対象者の見直しも起こりやすいため、就業規則本体には「社宅の貸与については社宅管理規程に定める」という委任の条文を置き、詳細を別規程にまとめる形が実務では一般的です。
ただし、別規程にしたからといって、労働基準法上の手続きが不要になるわけではありません。労働基準法第89条は、同条に列挙された事項について「就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならない」と定めています。別規程に切り出した場合でも、その内容が就業規則の記載事項にあたるときは、届出の対象として扱う前提で運用するのが安全です。具体的な扱いは、所轄の労基署に事前に確認してください。
社宅の定めは就業規則のどの記載事項にあたるか
労働基準法第89条には、必ず記載する事項(始業・終業の時刻、賃金の決定・計算・支払の方法、退職に関する事項など)と、定めをする場合に記載する事項があります。後者には、第5号「労働者に食費、作業用品その他の負担をさせる定めをする場合においては、これに関する事項」や、第10号「当該事業場の労働者のすべてに適用される定めをする場合においては、これに関する事項」が含まれます。
社宅使用料を従業員に負担させる定めや、全従業員に適用する社宅の定めは、これらの号にあたる可能性があります。どの号にあたるかは定め方によって変わるため、社宅に関する定めは就業規則の記載事項として扱い、改定時に届け出ておくという方針が分かりやすいでしょう。判断に迷う場合は、社会保険労務士や労基署に相談することをおすすめします。
常時10人未満の事業場の場合
厚生労働省の「スタートアップ労働条件」では、就業規則の作成・届出義務は常時10人以上の労働者を使用する事業場が対象であり、10人未満の場合は法律上の作成・届出義務はないとされています。また、この判断は企業単位ではなく事業場単位で行います。複数の営業所がある会社では、事業場ごとに人数を確認する必要があります。
義務がない場合でも、社宅の対象者や負担額を明文化しておくことは、トラブル防止と税務上の説明のしやすさの両面で有効です。10人未満の会社でも、規程を作って従業員に周知しておくことをおすすめします。
社宅規程に盛り込む主な項目
社宅規程の構成は会社によって異なりますが、次の項目を押さえておくと、運用で迷う場面が大きく減ります。条文の数や並び順は、自社の実情に合わせて調整してください。
目的と適用範囲
冒頭に、規程の目的と、対象となる社宅の範囲を定めます。会社が所有する社有社宅と、会社が賃貸契約を結ぶ借上社宅のどちらを対象にするのか、または両方を対象にするのかを明記します。
対象者と入居資格
入居できる従業員の範囲を、できるだけ具体的に定めます。たとえば「転勤を命じられた者」「新卒入社から一定期間の者」「通勤が困難な地域に配属された者」など、会社の目的に沿った条件を書きます。
正社員以外の従業員を対象に含めるかどうかも、この段階で決めておきます。対象を後から広げたり狭めたりすると、従業員との間で不利益変更の問題が生じやすくなるため、設計時に慎重に検討します。
社宅の種類、契約名義、住居の基準
借上社宅であれば、賃貸借契約は原則として会社名義で結ぶこと、物件の選定基準(間取り、面積、家賃の上限、通勤時間など)、契約手続きの担当部署を定めます。家賃の上限や面積の基準は、社内の公平性を保つうえでも重要です。
役員が対象になる場合は、後述するとおり税務上の取扱いが使用人と異なるため、役員用の基準を別に設けることを検討してください。
社宅使用料(自己負担額)の定め
規程の中心となるのが、従業員が会社に支払う社宅使用料の定め方です。国税庁の「No.2597 使用人に社宅や寮などを貸したとき」によると、使用人から1か月当たり一定額の家賃(賃貸料相当額の50パーセント以上)を受け取っていれば、給与として課税されないとされています。また、同ページでは、無償で貸与した場合は賃貸料相当額の全額が、賃貸料相当額に満たない家賃を受け取っている場合はその差額が給与として課税されること、現金で住宅の手当を支給した場合は給与として課税されることが説明されています。
賃貸料相当額は、同ページによれば次の3つの金額の合計です。
賃貸料相当額(1か月)= ①その年度の建物の固定資産税の課税標準額 × 0.2パーセント + ②12円 × (その建物の総床面積(平方メートル)÷ 3.3平方メートル) + ③その年度の敷地の固定資産税の課税標準額 × 0.22パーセント
社宅規程には、この計算方法を前提として、使用料の決め方(たとえば「会社が定める算式により算出した額」とする)、改定のタイミング(固定資産税の課税標準額が変わる年度替わりなど)、給与からの控除方法を書いておきます。税務上の下限を満たすことと、会社として従業員にどれだけ負担させるかは別の問題です。使用料の水準は、制度の目的や採用・定着への考え方を踏まえて、自社で決めることになります。
なお、役員に貸与する場合は、国税庁の「No.2600 役員に社宅などを貸したとき」で、役員から賃貸料相当額の家賃を受け取っていれば給与課税されないとされており、使用人とは取扱いが異なります。役員が対象になる会社は、役員と使用人を条文で区別しておくと安全です。実際の計算や判断は、税理士などの専門家と確認しながら進めてください。
共益費・光熱費・駐車場などの負担区分
家賃以外の費用を誰が負担するのかも、規程に明記しておきたい項目です。共益費、水道光熱費、駐車場代、更新料、火災保険料などについて、会社負担とするもの、本人負担とするものを一覧にしておくと、入居後のやり取りが減ります。会社が負担する費用の税務上の取扱いは、費用の種類によって異なる場合があるため、規程を確定する前に税理士に確認してください。
入居、退去、転勤・異動時の取扱い
入居の申請から承認までの流れ、入居期間の上限、転勤や異動、退職によって資格を失ったときの退去期限、退去時の原状回復費用の負担、解約手続きの担当などを定めます。特に、退職や配置転換で対象外になった場合の猶予期間をあいまいにすると、トラブルになりやすいため、日数や期限を具体的に書いておきます。
禁止事項、届出義務、規程違反時の対応
無断での転貸、同居人の変更、契約内容に反する使用などを禁止事項として定め、変更があったときの届出義務も盛り込みます。違反があった場合の対応(是正の求め、入居資格の取消しなど)も、あらかじめ定めておくと運用が安定します。
就業規則の改定から届出までの実務手順
規程の案ができたら、次の手順で就業規則の改定と届出を進めます。意見聴取、届出、周知は、労働基準法に定められた一連の手続きです。
手順1 現状の整理と規程案の作成
現在の就業規則と賃金規程、住宅手当の規程の有無を確認し、社宅の定めを加える場所を決めます。厚生労働省は、各事業場の実情に応じた就業規則を作成する際に参考となるモデル就業規則(規程例と解説)を公開しています。規程全体の構成や条文の書き方を確認する際の参考になります。
手順2 労働者代表の選出と意見聴取
労働基準法第90条第1項は、就業規則の作成または変更について、事業場に労働者の過半数で組織する労働組合がある場合はその労働組合、ない場合は労働者の過半数を代表する者の意見を聴かなければならないと定めています。
過半数代表者は、監督または管理の地位にある者ではなく、投票や挙手などの民主的な方法で選出された者でなければなりません。会社が一方的に指名することは認められません。厚生労働省の資料では、この意見聴取は意見を聴くことが求められるものであり、意見に同意を得る必要はないとされています。仮に反対意見が出た場合でも、その意見を記した書面を添えて届け出ることで、手続き上の要件は満たされます。
パートタイム・有期雇用労働者に適用される規定を作成・変更する場合は、これらの労働者の過半数を代表すると認められる者の意見を聴くように努めることとされています(努力義務)。社宅の対象にパートタイム労働者などを含める場合は、この点にも配慮します。
手順3 意見書の作成
同条第2項は、届出をするときに、聴取した意見を記した書面を添付しなければならないと定めています。労働基準法施行規則第49条第2項により、この書面には労働者を代表する者の氏名を記載する必要があります。
手順4 労基署への届出
就業規則の届出先は、事業場を管轄する労基署です。労働基準法第89条のとおり、届出が必要なのは新たに作成したときだけでなく、記載事項を変更したときも同様です。届出書、改定後の就業規則(または別規程)、意見書をそろえて提出します。提出部数や電子申請の可否などは、管轄の労基署の案内を確認してください。
手順5 従業員への周知
就業規則は、届け出るだけでは足りず、従業員に周知する必要があります。労働基準法第106条第1項は、就業規則を労働者に周知させなければならないと定めています。周知の方法は、労働基準法施行規則第52条の2で次の3つが示されています。
- 常時、各作業場の見やすい場所へ掲示し、または備え付けること
- 書面を労働者に交付すること
- 電子計算機に備えられたファイルなどに記録し、各作業場に労働者がその内容を常時確認できる機器を設置すること
社宅の対象者だけでなく、全従業員が閲覧できる状態にしておくことが基本です。
手順6 施行日の設定と運用開始
施行日は、周知から運用開始までに十分な期間を置いて設定します。すでに住宅を借りている従業員がいる会社では、移行の対象者への個別説明の機会も設けます。
給与から社宅使用料を控除する場合の労使協定
社宅使用料を給与から天引きする場合は、賃金の一部を控除して支払うことになります。労働基準法第24条第1項は、賃金は通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならないと定め、例外として、事業場の過半数で組織する労働組合、または過半数を代表する者との書面による協定がある場合に、賃金の一部を控除して支払うことができるとしています。社宅使用料の控除を行う会社は、就業規則の整備とあわせて、この労使協定(賃金控除に関する協定)の有無も確認してください。
届出前のチェックリスト
- 社宅規程(または就業規則の改定案)の内容が、対象者・使用料・費用負担・入退去の各項目を網羅している
- 過半数代表者が、投票や挙手などの民主的な方法で選出されている
- 代表者の氏名を記載した意見書を作成している
- 給与から社宅使用料を控除する場合、賃金控除に関する労使協定を整備している
- 従業員に周知する方法(掲示、書面、電子データなど)を決めている
- 使用料の算定方法について、税理士などの専門家に確認している
住宅手当から社宅へ切り替える場合の注意点
すでに住宅手当を支給している会社が、これを廃止して社宅に切り替えたり、手当の額を引き下げて社宅を併用したりする場合は、従業員にとって不利益になる変更が含まれる可能性があります。
労働契約法第9条は、使用者は労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働条件を変更することはできないと定めています。同法第10条は、例外として、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ変更が合理的なものであるときは、変更後の就業規則によることになると定めています。合理性は、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況などを総合して判断されます。
つまり、意見聴取と届出を済ませたからといって、不利益な変更が当然に認められるわけではありません。従業員への丁寧な説明、移行期間の設定、経過措置の用意など、合理性を裏づける取り組みが必要です。住宅手当と社宅の違いについては、住宅関連の福利厚生の種類と比較の記事も参考にしてください。
寮や寄宿舎に近い形態の場合の注意点
社宅が、独立した住居の貸与ではなく、共同生活を前提とした寮の形態である場合は、労働基準法の寄宿舎に関する規定が関わる可能性があります。労働基準法第95条第1項は、事業の附属寄宿舎に労働者を寄宿させる使用者は、起床・就寝・外出・外泊、行事、食事、安全衛生、建設物・設備の管理に関する事項について寄宿舎規則を作成し、行政官庁に届け出なければならないと定めています。また、同条第2項は、このうち一部の事項の規則の作成・変更について、寄宿舎に寄宿する労働者の過半数を代表する者の同意を得なければならないと定めています。就業規則の意見聴取とは異なり、同意が必要とされている点に注意が必要です。
自社の社宅が寄宿舎にあたるかどうかは、設備や運営の実態によって判断が分かれます。共同生活型の施設を設ける場合は、事前に労基署へ確認してください。
社宅規程づくりでよくある失敗
実務で起こりやすい失敗を、あらかじめ押さえておきます。
- 規程の中で使用料を「賃貸料相当額」とだけ書き、算定方法や改定時期を定めていないため、毎年の見直しが担当者任せになる
- 就業規則本体に委任の条文を置かず、別規程だけを社内で作ってしまい、届出や周知が漏れる
- 過半数代表者を会社が指名してしまい、意見聴取の手続きに問題が生じる
- 給与から使用料を控除しているのに、賃金控除の労使協定を整備していない
- 現金で住宅の手当を支給している従業員と社宅の対象者との間で、不公平が生じる設計になっている
- 役員と使用人の税務上の取扱いの違いを規程に反映していない
まとめ
社宅規程は、対象者、使用料、費用負担、入退去の手続きを明文化し、就業規則の改定手続きと一体で整えることで、はじめて制度として機能します。常時10人以上の労働者を使用する事業場では、意見聴取、意見書の添付、労基署への届出、従業員への周知までを、順を追って進めましょう。
税務の扱いは、国税庁の資料で定められた賃貸料相当額の考え方を前提にしつつ、個別の計算や判断は税理士などの専門家と確認しながら進めてください。社宅制度の設計や規程の整備でお困りの場合は、専門家に相談することで、手戻りを減らせます。
この記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の事案に対する法的・税務上の助言ではありません。労働基準法や税務の取扱いは改正される場合があります。実際の規程の作成や届出にあたっては、最新の条文・公的資料を確認し、社会保険労務士・税理士などの専門家や所轄の労基署にご相談ください。